大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)395号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

(証拠により事実を認定する場合には、事実の末尾に根拠となった主な証拠を略記する。弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる書証については、その旨の説示を省略する。)

一  原告の基本債権と被保全債権

原告は、加志和建設に対し、請求原因1のとおり平成二年三月二〇日に金三億円を貸し付け、本件口頭弁論終結時点でも、右同額の残元本債権(基本債権)を有する。(<証拠略>)

林らは、加志和建設の原告に対する右債務について右同日連帯保証した。(<証拠略>)

したがって、原告は、林らに対し、本件被保全債権を有する。

二  債務者の無資力

1  加志和建設は、平成四年八月及び九月に二回の不渡りを出して倒産した。(<証拠略>)

2  林良信は、自己が代表取締役をしていた林工業が平成五年九月頃倒産し、個人的にも無資力である。(<証拠略>)

3  林鉄男は、自己が代表取締役をしていた三和工業が平成五年五月頃倒産し、個人としても主債務者となっている債務が二億円以上、保証債務が一〇億円以上存在し、無資力である。(<証拠略>)

三  被告の行為

1  被告の林らに対する貸金債権

被告は、請求原因4のとおり昭和六三年一〇月に林らに対し二億六〇〇〇万円を貸し付け、平成五年一〇月ころの債権額が二億三〇〇〇万余であった(争いがない)。

2  賃料債権譲り受けの申し入れ

被告の審査第一部長の岡本進一郎及び同副部長の鈴木実(<証拠略>)は、加志和建設、林工業及び三和工業が倒産した後の平成五年一〇月二〇日過ぎ、林工業の事務所で林らに面会し、「林らに保証債権を有する原告が、長岡の物件(本件不動産)を差し押さえることが予想されるので、林らが同物件をベネトンに賃貸して得ている本件賃料について、右予想される差押の前に、被告に譲渡しなさい。その代わり、被告への支払分である月一五〇万円が確保される限り、月三〇〇万円の本件賃料のうちの残一五〇万円は林らに戻す。」旨を申し向けた。(<証拠略>)

右事実によれば、被告は、原告が林らを連帯保証人として加志和建設に三億円を融資し、被告に劣後する後順位抵当権者であること(甲七)を、登記簿謄本を見るなどして知りながら、競売が開始される前に、本件賃料から被告の林らに対する債権の回収をできるだけ実現しておこうとして、林らに巧みに協力を求めたものと推認することができる。

3  賃料債権の譲り受け

林らは、右2の被告の求めに応じ、請求原因4のとおり、平成五年一〇月二九日本件賃料債権を被告に譲渡し、第三債務者のベネトンが同年一一月二日これを承諾した。(承諾日につき甲一〇。その余は争いがない)

4  譲受対価及び回収額

本件賃料債権は、月三〇〇万円(一か月分前払い)、期間を平成三二年四月までとするものである。(甲八)

そうすると、単純に計算すれば、被告は、平成五年一二月分(同年一一月支払)から賃貸借終了期限まで三一七か月分計九億五、一〇〇万円の予定賃料を譲り受けたということになる。

ただし、本件賃料債権の譲渡により林らの被告に対する貸金債務が消滅するとの合意まではなく、また譲渡対価の定めもなかった。むしろ被告としては、ベネトンから被告に賃料が月々支払われた際に約定の林らへ戻す分(月一五〇万円)を差し引き、現実に被告が取得する賃料(月に残一五〇万円)をもって被告の林らに対する貸金債権の回収をその元利金に満つるまで行う趣旨であったということが窺われる。(<証拠略>)

ところで、林らは、倒産時の諸々の支払の必要から、平成六年一月分までの賃料をベネトンから取得していたので、被告は同年二月分のベネトンからの賃金収入のうち、一〇九万九五八八円を林らに支払い、残金を取得した。その後、林らが差押を受けたため、被告は林らが期限の利益を喪失して債務全額を支払うこととなったので、ベネトンからの賃料収入のうち林らに戻す分がないとして、賃料の全額を取得している。ただし、平成六年八月分から賃料は一か月二七〇万円に改訂された。したがって、被告の現実の回収額は、便宜上平成八年一月分までとして計算すると、六六五〇万円程度となる。(<証拠略>)

5  以上によると、被告の本件賃料債権の譲受行為は、林らに対する他の債権者である原告の利益を侵害するものということができる。

四  被告の主張(抵当権者が抵当目的物について生ずる賃料債権を譲り受けた場合における詐害行為の成否)について

1  被告は、林らに対する抵当権者であり、抵当権の目的不動産から生じる賃料に対しては物上代位権を行使することができるのであるから、右賃料債権を譲り受けても詐害行為にあたらないと主張するので、この点につき判断する。

2(一)  まず、債務者が有する債権(以下「目的債権」ということがある)を無償や廉価で債権者に譲渡した場合には詐害行為が成立すると解される(最判昭和四二年六月二九日参照)。将来の賃料債権も、積極財産として考慮すべきであるから、これを無償や廉価で譲渡した場合も同様である。さらに、債務超過の債務者が、他の債権者を害することを知りながら特定の債権者と通謀し、右債権者だけに優先的に債権の満足を得させる意図で債務の弁済に代えて第三者に対して有する自己の債権を譲渡したときは、たとえ譲渡された債権の額が右債権者に対する債務額を超えない場合であっても、詐害行為となると解される(最判昭和四八年一一月三〇日民集二七巻一〇号一四九一頁)。

(二)  ところで、担保権を有する債権者が債務者から担保物件をもって代物弁済を受けても、他の後順位の債権者の利益を侵害するものではないと解するのが相当である(譲渡担保権で債務者破産の事例に関するものであるが、最判昭和三九年六月二六日民集一八巻五号八八七頁)。担保権によりその価値を把握された財産は、特定の債権者の満足に供されるものとして既に債務者の一般財産を構成しないと解されるからである。そうすると、抵当権者たる債権者が、物上代位権を行使することが可能であるならば、その抵当目的物から生ずる賃料(債務者が第三債務者に対して有する賃料債権)について債務者から債権譲渡を受けても、既に債務者の一般財産に属しないものを担保権の実行に代えて取得したにすぎないとして、詐害行為の対象にはならないと解するのが相当である(抵当不動産が賃貸された場合、債権者は賃料について物上代位権を行使することができることにつき、最判平成元年一〇月二七日民集四三巻九号一〇七〇頁)。

(三)  物上代位権の行使と差押の要否について

ところで、物上代位権の行使にあたっては目的債権の払渡又は引渡前に差押を行うことが必要であるとされている(民法三〇四条参照)ので、その手続のされていない場合における目的債権の譲渡が、物上代位と同視できないとして詐害行為に該当するおそれがないかを検討する。

先取特権の事例であるが、民法三〇四条が、物上代位権行使の要件として、その対象となる金銭その他の払い渡し又は引渡前に差し押さえをしなければならないとしている趣旨は、先取特権者のする右差押によって、第三債務者が金銭その他のものを債務者に払い渡し又は引き渡すことを禁止され、他方、債務者が第三債務者から債権を取り立て又はこれを第三者に譲渡することを禁止される結果、物上代位の目的となる債権(目的債権)の特定性が保持され、これにより、物上代位権の効力を保全せしめるとともに、他面目的債権の弁済をした第三債務者又は目的債権を譲り受けた第三者等が不測の損害を被ることを防止しようとすることにある(最判昭和六〇年七月一九日民集三九巻五号一三二六頁参照)。

そうすると、物上代位権を行使できる債権者が目的不動産についての賃料債権を譲り受け、それについて債権譲渡の第三者対抗要件を備えている限り、第三債務者等が不測の損害を被ることはない。すなわち、この場合の抵当権者たる債権者による賃料債権(目的債権)の譲り受けは、右債権者が差押をして物上代位権を行使した場合と同等の効果をもたらすものである。そして、後者が法律によって容認されている以上、前者も法律上許されることがらというのが相当であり、他の債権者に対する詐害行為に該当するものではないというべきである。

3  本件における適用の結果

(一)  右2の考え方を本件にあてはめると、被告は、物上代位権を行使できる貸金債権者であり、被告が抵当目的物である本件不動産についての賃料債権(貸金債務者林らの第三債務者ベネトンに対するもの)を譲り受けることは、特段の事情のない限り、林らに対する他の債権者である原告に対する詐害行為に該当するものではないということになる。

(二)  そこで、特段の事情の有無を問題として、被告が自己の貸金債権の期限前に譲受賃料債権を行使していないかを検討する。

(1) 林らは平成五年一〇月ころから、被告に対する貸金債務についての毎月の返済を怠り始めた。(<証拠略>)

したがって、被告は、右返済分を回収するため本件賃料債権について右滞納返済額の限度で物上代位権を行使できる状態にあったということができる。

(2) そして、林らが平成五年一一月分以降の借入金の支払いを怠り、被告は譲り受けた本件賃料債権に基づき、平成六年一月末に初めてベネトンから被告に支払われた二月分の賃料三〇〇万円を受領し、これを平成五年一一月分及び一二月分の自己の林らに対する貸金の返済分に充当した。次に被告は、二月末にベネトンから被告に支払われた三月分の賃料を、林らの被告に対する一月分及び二月分の弁済に充当した。さらに被告は、三月分としてベネトンから受領した三〇〇万円については、林らの被告に対する三月分の支払いに充当した上、自己の貸金の割賦弁済額を上回る一〇九万九五八八円を、林鉄男に返還した。(<証拠略>)

(3) さらに、林らと被告間の貸金契約については、担保物件に対して競売の申立がなされた場合に債務者は期限の利益を喪失する旨の約款が付されているところ(甲一の六条)、平成六年二月二八日に、原告(後順位抵当権者)を申立人として、新潟地方裁判所長岡支部において競売開始決定がなされた(甲四)。そこで、被告は、林らが被告に対する借入債務の期限の利益を喪失したとして、ベネトンから入金される各月の賃料について、約定の一部金を林らに交付することなく、その全額を被告の貸金債権の弁済に充当した。その金額は、平成八年末までとしても九五二〇万円程度である。

(4) 以上のような被告による本件賃料債権の譲り受けとその権利行使は、物上代位権を行使した場合と変わらないということができる。もとより、被告が林らに対する貸金債権の弁済期以前に譲受賃料債権を行使したというものではない。

(三)  また、本件債権譲渡は、将来発生する賃料債権を一括して譲渡するものであり、単純にその金額を合計すると、平成六年八月以降賃料が月二七〇万円に改訂されているとして、二五年間かけて七億八四八〇万円となる。

しかし、前記三4のとおり本件賃料債権の譲渡は、ベネトンから被告に賃料が月々支払われた際に、被告において、約定の林らへ戻す分(月一五〇万円)を差し引き、現実に被告が取得する賃料(月に残一五〇万円)をもって被告の林らに対する貸金債権の回収をその元利金に満つるまで行う趣旨であったのであり、結果的には被告が物上代位権を行使した場合と変わらない。したがって、被告の本件賃料債権の譲受行為には、詐害性を肯定すべきような特別の事情もないというべきである。(ちなみに、本件口頭弁論終結後の双方の代理人による口頭の報告によると、本件不動産を差押えていた原告が競落したとのことである。したがって、原告は、所有権取得の登記をすることにより、ベネトンに対する賃貸人としての地位を承継取得するのであり、その結果として林らの賃料債権者としての地位は失われ、被告の譲り受けた本件賃料債権は右時点以降は被告に賃料収入をもたらさないものとなり、被告が過大な賃料収入を得るおそれもないものである。)

五  結論

以上によれば、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡光民雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例